2007年05月14日

映画『ブラッド・ダイヤモンド』

我々はアフリカのことをよく知らない。実によく知らない。この度、『ブラッド・ダイヤモンド』を観てやはりそう感じた。以前、『ホテル・ルワンダ』を観たときもそう思ったのである。『ホテルルワンダ』を観たときはルワンダのあの惨状のはげしさに衝撃を受けのうのうと観賞後の記録を書くのにひどく後味の悪さを感じて結局は書かずじまいになってしまった。今回は『ブラッド・ダイヤモンド』のことはなんとか書こうと思う。


『ブラッド・ダイヤモンド』は、1999年、大西洋に面したアフリカ・シエラレオネでの物語だ。


猟師のソロモン・バンディ(ジャイモン・フンスー)は、息子と娘二人、妻と一緒に穏やかに暮らしていた。そんな、穏やかな暮らしは、RUF(シエラレオネの反政府勢力である統一革命戦線 )によって突然奪われてしまう。RUFがソロモンの住む村を襲撃する。
ソロモンは、RUFに捕まり、ダイヤモンドの採掘場で強制的に労働させられる。息子もRUFに捕まり少年兵として訓練を受けさせられライフルを手にする。残った家族は命からがらなんとか逃げ延びる。
ソロモンは、ダイヤモンドの採掘中、大粒のダイヤモンドを発見する。それをなんとか隠そうとしたところ、採掘現場の監督者ポイズンに見つかり殺されそうになる。しかし、政府軍による採掘場の攻撃が始まったため、ソロモンは政府軍に連行されるも、ポイズンの手により命を奪われることは逃れた。

ローデシア(現在のジンバブエ)出身のダニー・アーチャー(レオナルド・ディカプリオ)は、正規にダイヤモンドを取引できないRUFに対して武器を提供し、代わりにダイヤモンドを受取り、密輸しながら紛争の続くアフリカの大地で生き抜いていた。ダイヤモンドを隣国リベリアへ密輸しようとしていたところ、逮捕される。留置所でダニーは、ソロモンが大粒のダイヤを見つけた話を聞きつける。ダニーはなんとしてもそれを手に入れ別世界へ逃れたい衝動に駆られるのであった。


映画は、前半は内戦下のシエラレオネの様子が描かれている。RUFが武器調達をするためダイヤモンドを取引する場面や少年を破壊兵器に仕立てあげる場面。また、内戦下、耐えながらひたむきに生きる市民を描く。

前半、社会派ドキュメント色に覆われた感があるが、後半、ソロモンにとっては家族を取り戻すための冒険、ダニーにとってはダイヤモンドを賭けた冒険を始める。さらに怖いもの知らずなアメリカ人女性ジャーナリスト、マディー・ボウエン(ジェニファー・コネリー)も冒険を共にすることとなる。(多くのシエラレオネ人が命を落としているにも関わらず)ソロモンの家族はどうなるのか?ダイヤは手に入るのか?奇妙な絆の3人パーティの冒険の行く末は?とハラハラさせられてしまう。そのため、素直に申し上げると、あれほど悲惨な状況が描かれていた映画であるにも関わらずアクションドラマとして面白いと感じた。

しかし、スクリーンの目の前で事実をベースにしたアフリカの状況を目にするたびマリアナ海溝には潜れないくらい絶望的な気分にもなってしまう。これは、『ホテル・ルワンダ』を観たときにも感じた。悲惨な状況を我々が知ったところで何も変わらないかも知れないけど、やはり経済的に恵まれた国々の人が本当は知るべきことなのだと思う。ああ、なんでアフリカの政治体制はめちゃくちゃなところばかりなのか?

ダイヤモンド。美しいのみならず、それは永遠の象徴、決して壊れることのない愛の象徴として多くの女性の憧れの対象の宝石。ダイヤモンドは高価で取引される宝石である。世界で取引される極わずかな量しか不正取引された紛争ダイヤモンドはないと言われているけれど、ダイヤモンドを誰かが買いその消費が積み重なれば多くの人命が失われる……。ダイヤモンドには罪が無いとは思うけれど、ダイヤは買うべきか買わざるべきか?そんなことを真剣に考えてしまった(買えないくせに)。

余談であるが、第79回アカデミー賞主演男優賞にレオナルド・ディカプリオが、この『ブラッド・ダイヤモンド』でノミネートされていた。アカデミー賞になってもおかしくないかもしれないくらい素晴らしいディカプリオの演技の作品と思うけれど、扱っているテーマがダイヤモンドの消費に関わってくるかもしれない(世界のダイヤモンドはアメリカが3分の2買っているのだとか。)ため受賞は難しかったのだろう。

『サハラ』という映画で、「世界はアフリカに無関心だ」というセリフがあり、また『ブラッド・ダイヤモンド』でもダニーは「神はとっくにアフリカを見捨てている」といったようなセリフがある。いずれにも共通するのはきっと、世界の人々がアフリカに無関心というメッセージである。多くの無関心がアフリカの現在の形にしているのかもしれない。経済発展を遂げている国は忙しくて周りに無関心な傾向にあるのかもしれないが、ぜひ多くの人が観るべき映画と私は思う。戦闘場面が苦手な人以外は見る事を切に願う。

ブラッド・ダイヤモンド@映画生活

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2007年05月06日

映画『スパイダーマン3』

スパイダーマン3の制作費は、映画史上最高額を更新し3億ドルにも達したそうだ[1]。それだけ巨額の資金を投じてつくられただけあって、見ごたえのある迫力あるシーンがこれでもかといわんばかりにスクリーンに映し出される。こういう映画はやはり大画面で観ないといけないと実感させられてしまう。

前々作、前作に続き、今回も主役のスパイダーマンおよびピーター・パーカー役はトビー・マグワイア。MJことメアリー・ジェーンは、キルスティン・ダンストです。そしてやはり今回もMJはいろいろと災難に遭うので本当かわいそうですね。

ピーター・パーカーは、スパイダーマンとしての自分自身に誇りを持ち、MJとの交際も順調な日々を送っていた。
ある日、父親を殺したのはスパイダーマンと思っているハリーがニューゴブリンとなりピーターを襲う。また、ピーターのおじを殺害した犯人が脱獄し、ある実験施設でサンドマンとなってしまう。サンドマンは悪事を行い。それをピーターは阻止しようとするのであった。
一方、ピーターとしての私生活は、MJと順調だった交際も、あることをきっかけに雲行きが怪しくなってしまう。

今回スパイダーマンが闘うこととなる相手は、本来はピーターの親友でもあるハリーがニューゴブリン、脱獄囚のサンドマンそしてヴェノムと呼ばれる謎の黒い寄生生命体。
映画の予告編などで見ることができた黒いスパイダーマンはヴェノムが寄生した状態でしょう。スパイダーマンはヴェノムに知らず知らずの内に支配されていく。

善悪単純ではないのだ、いろいろ複雑なんだよと今回の作品はそう観客に言葉を投げかけているようだ。ピーターのおばが、ピーターのおじの命を奪った犯人に対して極刑を望んでいないような発言をする場面があることからも伺える。
これは極刑廃止を多くの人が望んでいない日本人にはおそらくちょっと理解しがたいのだけれど、アメリカでは建前でも人々の思考は極刑はなしの方向にあるということでしょうか。

いつもやや苦戦しているスパイダーマンだが、今回もかなり、しかも前よりもスパイダーマンは苦戦する。苦戦の先には多大な犠牲もある。それでも、残った希望を胸に我々はしっかりと生きていくしかないのだと思わせられる。

スパイダーマン3@映画生活

スパイダーマン3
スパイダーマン3

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映画『バベル』

『バベル』は、アカデミー賞の候補になった菊地凛子さんの出演ばかりが国内では一人歩きしていた感のある映画ですが、そのTVなどを通した話題ぶりのおかげで連休中の観客の入りはなかなかのものでした。

バベルという題名は、聖書のバベルの塔のお話から来ているのでしょう。神はバベルの塔を建設する人々を見て違う言葉を話させるようにしたのだそうです。バベルの塔を建設していた人達は、違う言葉を話すようになり混乱し散っていたのだとか。

この映画は、4つのストーリーで構成されている。モロッコでライフルを手に入れた家族に訪れる悲劇。モロッコへ観光に来ていたアメリカ人夫婦に起こる惨劇。モロッコへ旅行中の夫婦が母国に残した子供たちと彼らを世話するメキシコ人メイドにも辛いできごとが起こる。そして、日本では母を亡くした聴覚障害の女子高校生が心の闇を抱えている。

4つの話の関連性ですが、モロッコの2つは密接に関連しています。メキシコ人のメイドの話も、アメリカ人夫妻の子供が絡んでいるので、まあ関連はあると言えるでしょう。でもでも、なんか日本の話だけはとって付けたような話で、別に関連性なんてほとんど無いんですよ。こじつけ程度の繋がりしかないと思いました。それゆえ、日本編だけ無理やりくっつけたような印象を抱いてしまうのです。

それぞれの国でそれぞれのいい画は撮れていたと思います。砂漠に生きる民だけが持つ逞しさ、メキシコ人のハレの舞台など特に印象に残っていますね。バベルの塔にちなんで、伝えたいことがうまく伝えられない人達を描いているのですが、皮肉にもこの映画が伝えたいことは、なかなか多くの人には伝わらないのかもしれないと思います。

実は、何を伝えたいのだろう……と思う映画は結構あります。ミニシアター系は特に。誤解を恐れず言えば、私は何を伝えたいのかわかりにくい映画も嫌いではありません。いろいろと思いをめぐらすのは楽しいからです。

では伝えたいことは一体なんでしょう?結局はコミュニケーション不足が招く悲劇でしょうか。ただ、それはライフルを買ったモロッコ人家族には当てはまらない気がしますね。大人の都合で犠牲になる子供を描きたかったのかもしれません。これならなんとか日本のストーリーもそうかもしれないと思えます。ところで、私はモロッコ人の旅行ガイドさんが、ブラッドピットが演じるアメリカ人からお金を渡した時、それを拒んだ高潔さが印象に残っています。

かなりこの『バベル』は話題になったせいか、シネコンで上映されていることは驚きだなと観た後に感じました。日本編の菊地凛子演じる役が、そのキャラクターにちょっといろいろな背景があることは考慮されるべきとしても、ちょっとヘン過ぎるのです。そのため、彼女の役の演出が必然とは感じづらいですね。菊地凛子さんは頑張って役に取り組んだとは思うのですが、これでアカデミー賞はちょっと無理でしょうね。

バベル@映画生活

バベル
バベル

By NOV at 01:30 | Comments [2] | Trackbacks [0]